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シンプル・ライフ

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「OUT」



ザ・システムからOUTする~「OUT」




 桐野夏生が何を描かんとしているのか、私はずっと分からなかった。
 だが、この作品「OUT」で見えてきた。きっと、「ハードボイルド」なのだ。
 ハードボイルドが何かってーと、私的な解釈では、「侠」という言葉がシックリくるのではないかと思う。人偏に狭いと書く。
 法に照らし合わせると正しくないが、ある意味で正しいといえる行為のために、命を捨てる人、というのが近いだろうか。
 私は自称、相当なハードボイルドだ。バリバリに悪い意味で。
 今月は週刊誌のように毎週警察沙汰が続いたし、(三回もだ! あやうく四回目も起きそうだった!!)それもそうそう珍しい人生じゃない。
 そんな中、手持ちがなくなり、日雇いバイトを慌てていれて小銭を稼ぐ。情けなさもハードボイルドのポイントだ。
 で、気が付けば、昔卒業したはずの大黒埠頭にいた。
 ゴミくさい空間、一度咳が出ると止まらなくなる位に舞っている埃、最低の人間以下の扱い。物流ワークってのはそういうもんだ。
 そういう環境で、さらに致命傷を与えてくれるのが、新参者をいびるのが生きがいの労働者だ。
 いい年した大人が、職場で大声で喧嘩するのを見た事があるだろうか? てめぇどこのチームだ? とか、俺は元暴走族の死士泥鰌に居た! とか、そういう会話が頻発する。それが物流ワークだ。
 恐らく、鬱屈しているのだろう。正直、倉庫なんかで働いていても、人生が良くなることはない。
 体が消耗して行くけど、昇給もキャリアも得られない。薄暗い建物の中、ひたすら右の物を左に置くだけの仕事で、限られた毎日が過ぎて行く。華やかな彩りも、楽しい会話も無い。ウェルカム物流ワーク。
 そんな中、人の失敗をあげつらって、ストレス解消したくなるような人種がどうなるかは、想像に難くないだろう。
 そういう人間を、私は憎悪し、嫌悪し、哀れむ。一言で言って、病気なんだと思う。
「OUT」の主人公たちも、似たような環境に居る。深夜勤のコンベア作業をしていて、何一つ面白いことの無い生活をしている。
 働かないと暮らせないが、働いても抱えている苦境はちっとも好転しない。逃げる事も解決する事も出来ない。
 ドロの沼に飲み込まれて沈むまでの間を、じわじわ伸ばしているだけだ。
 そんな彼女たちの一人が偶然人を殺し、残る三人はその隠滅をきっかけに、犯罪の世界に入っていく。
 一度目は必然だった。だが、それからは、プロの死体始末人となり、そこに自分の人生を見つけていくのだ。
 作中、彼女等に死体処理の斡旋をするヤクザ者が言う。「これは、オヤジ社会との戦いなんだよ」
 感覚的に描かれているが、いわゆる「常識」という社会のことを差しているのだろう。私なら、ザ・システムと呼ぶだろう。
 ザ・システムは工場や倉庫と同じだ。定時になるとスピーカーが指示を出す。「ザ・システムに従え。ザ・システムに奉仕しろ。ザ・システムに逆らうな。ザ・システムに居れば幸せだ」そうして、人間を、ベルトコンベア―やフォークリフトの一部にしてしまう。
 いや、気付いていないだけで、ほとんどの人間がザ・システムの一部なのかもしれない。義務教育ってのは、人間の機械の体にする作業なのかも。
 人を殺すのは、いけないことだ。もちろん死体をバラすのも。だからこそそれが、ザ・システムからの解放だったのかもしれない。
 腐った心を持ち、ザ・システムのルールに触れない程度に悪意を振りまくことと、死体解体、一体どっちが本質的に邪悪だろう?
 ヒロインは、元々、本当に生きた女だった。私は生まれてから二人しか、本当に生きた女にであった事が無い。
 本当に生きた人間を、ザ・システムは許さない。
 ヒロインはかつては銀行で働いていたが、周りになじめず、さいはての工場まで追いやられた。
 それが、再び命を取り戻して行く。死体を解体して。
 この物語は、命の賛歌だ。本当に生きる人間の世界が描かれている。
 それはけっして幸せでも、清潔でもない。ただ、圧倒的なパワーに満ちる。
 物語の最後、ヒロインは、活きた女を嬲り殺しながらまぐわう事でしか命を感じられないサイコ男に襲われる。
 だが、暴行されながら男の心を感じていくうち、彼女は彼を許すのだ。
 のみならず、相手が本当に生きることを求めた、敬意を抱くべき相手だとさえ思っていく。
 彼女は彼を殺し、そして彼を思慕し、さすらって行く。
 いいとか悪いとか、犯人が誰だとか、年収が幾らだとか、そういう人間には一生分からない輝きが、圧倒的な力でここにはある。


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